企画展アーカイブ
研究室紹介アーカイブ
第2回 社会医学専攻 分子予防医学分野 〜衛生学から分子予防医学へ〜
研究室の概説
私たちの教室は我が国最古の衛生学教室として、これまで様々な疾患の診断・予防・治療に関わる研究を行ってきました。近年の生命科学・情報科学の飛躍的な発展と、社会医学に対するニーズの多様化に伴い、衛生学・予防医学は変革の時代にあり、さらに、がん、アレルギー、自己免疫疾患などの難治性疾患の原因・病態解明や、遺伝子治療、再生医学といった新しい時代の医学も急速な発展を見せております。それに伴い、診断・治療・予防医学にも分子生物学的発想・手法が積極的に取り入れられてゆくことが期待されます。このような状況の中で、がん、感染症、生活習慣病、環境医学などに対して、分子レベルでの新しいアプローチ、すなわち「分子予防環境医学」的な取り組みが必要な時代が到来している、という判断の基に、15年前より炎症・免疫学を軸とした新たな予防医学研究を展開しています。
骨髄移植に伴う造血・免疫ニッチの破壊機序の解明
白血病などの治療として行われる骨髄移植では、患者の異常な血球細胞を放射線化学療法により破壊した後、ドナーから提供された正常な血球細胞を移植し、血球細胞の入れ替えを行います。一方、移植する血球細胞に含まれるT細胞が宿主の細胞を異物として認識して攻撃を始めると、移植片対宿主病(GVHD)という重篤な合併症が発症します。私達は、GVHDが血球を産生する場である骨髄で発症すると、感染防御を担うリンパ球の分化が抑制され、最終的に移植関連死の約3割を占める感染症の原因となることを明らかにしました。骨髄GVHD発症過程では、CD4 T細胞が血球の産生を支持する骨芽細胞を障害しており、現在その分子・細胞機序の解明に取り組んでいます。
慢性炎症に伴う臓器線維化の細胞・分子基盤の確立
慢性炎症に伴う臓器の線維化(組織を構成する膠原線維が異常増加すること)は、最終的に不可逆的な臓器の機能喪失をもたらします。私達は、細胞増殖・死・移動を生体内で可視化する蛍光レポーター発現マウスを用いて、膠原線維の産生細胞である筋線維芽細胞の分化・動員経路、ターンオーバー、ならびにケモカインなどによる分子制御の解析に取り組んでいます。また、線維化の不可逆性を規定するエピゲノム変化(継承される染色体修飾)ならびに遺伝子発現制御を解析しています。マウス線維症モデルで得られた個体・細胞・遺伝子レベルの情報を、さらに臨床での検証を行い、ヒト線維化疾患の予防・治療への応用を目指します。
免疫記憶の誘導・維持のケモカインによる場の形成制御
CD8陽性T細胞(CTL)の活性化と分化には、様々なシグナルが複雑に作用しており、これらのシグナル群の多寡が最終分化型エフェクターCTLと免疫記憶を担うメモリーCTLの数のバランスを制御しています。私たちは、ケモカイン受容体CXCR3が活性化後早期に免疫応答の誘導場所の1つである脾臓内でのCTL局在を調節することでこのバランスを制御していることを明らかにしました。
免疫記憶形成・維持のメカニズム解明
免疫記憶は一度遭遇した抗原に対して速やかに免疫応答を誘導し個体防御を達成するという免疫システム最大の特徴の1つです。私たちは、T細胞応答における経時的な遺伝子発現変動と、遺伝子発現と密接な関係が報告されているDNAのメチル化を中心としたエピジェネティックな変化を全ゲノムレベルで解析することで、免疫記憶の形成・維持の分子メカニズムを明らかにすることを目指しています。
日本で最も古い歴史を持つ衛生学教室
当教室が開設されたのは1885年(明治18年)で、東京大学医学部の設置から8年後のことでした。これは、ベルリン大学に衛生学講座開設され、ロベルト・コッホが初代教授に就任したのと同じ年に当たります。ドイツへの4年間の留学を経て、当教室で最初に衛生学と細菌学の講義を行った緒方正規講師は翌年初代教授に就任します。以来、衛生学と黴菌学(ばいきんがく、現在の細菌学)の専門講座として、多くの研究者・医師を輩出してきました。第3代教授の田宮猛雄はリケッチア(細菌の一種)の研究者で、日本医学会会長を長年務め、定年後は日本医師会会長、国立がんセンター総長も歴任しています。また、第5代教授の豊川行平は、1968年の東大紛争の折に医学部長の職にあり、その解決に向けて奔走しました。現職の松島綱治は8代目の教授になります。
[ペッテンコーファー像]
岡田三朗助・画
[緒方正規像]
満谷国四郎・画
[田宮猛雄像]
宮田重雄・画
[豊川行平]
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