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第1回 病因・病理学専攻 分子病理学分野
TGF-β と BMP について
多細胞生物では、細胞の外に存在するさまざまな物質により細胞の増殖・運動・分化が制御されています。
Transforming growth factor-β(TGF-β)ファミリーのタンパク質はこのような物質の代表例であり、胎児の初期の発生から成体の機能の維持(恒常性の維持)までさまざまな生体反応を調節しています。また、その作用の異常はがんや血管の病気などを引き起こす例も多く報告されています。
骨形成因子(bone morphogenetic protein: BMP)は、TGF-β と類似した構造を持っており、TGF-β と異なり骨の形成を促進することが特徴ですが、そのほかに胎児の初期発生やさまざまな臓器の機能の維持などに重要な役割を果たしています。BMP の伝達するシグナルに異常が起こると骨格や血管の異常に加えてがんを引き起こすことが知られています。
分子病理学教室では TGF-βや BMP の作用とさまざまな病気の発症における役割を分子生物学・生化学・細胞生物学・遺伝学 などの手法を用いて幅広く研究しています。
細胞内シグナル伝達
TGF-β や BMP は標的となる細胞や組織、また作用するタイミングによって、さまざまに異なった作用を発揮します。これはシグナルを司る分子やシグナルを抑制または促進する分子のきわめて複雑な共同作用によって引き起こされます。TGF-β や BMP は受容体に結合し、細胞内に存在する Smad というタンパク質をリン酸化することで、シグナルを細胞内に伝達します。近年、これら受容体の作用を抑制する低分子の化合物(薬剤)の臨床応用が TGF-β や BMP シグナルに関連した疾患の治療のために試みられています。このことからも、この複雑なシグナル伝達機構を解明することは、さまざまな疾患の原因の解明や治療に応用するために重要であると考え、研究を進めています。
がん
TGF-β は上皮系細胞に対する強力な増殖抑制作用を示すことから、がんを抑制する因子として注目されてきました。実際、膵臓がんなど多くのがんで、TGF-β の受容体やシグナル分子の遺伝子変異が見出され、TGF-β シグナルからの逸脱ががん化の要因の一つと考えられています。一方、TGF-β はがんをとりまく周囲の環境(がん微小環境)において血管の新生や免疫の抑制を起こしたり、上皮間葉移行(EMT)を起こしてがん細胞の浸潤・転移を促進したり、がん幹細胞 (がん細胞の中で高い腫瘍形成能を持つ細胞)集団を維持したりすることによって、がんの悪性化を促進する働きも持っていることがわかってきました。そこで TGF-β の発がん・がんの悪性化における作用機構を解明することによって新たな治療法の開発するために基礎的研究を進めています。
血管
血管は私たちの体のライフラインの役割を担っており、血管の病気の原因の解明は盛んな研究の対象になっています。遺伝性疾患の病因となる遺伝子の研究が進んだ結果、遺伝性出血性末梢血管拡張症や原発性肺高血圧症の原因遺伝子として TGF-β または BMP の受容体が同定されました。我々はこれらの疾患で同定された遺伝子の変異が病気の発症とどのように関わっているのかを解明することを目指しています。また、血管は腫瘍組織が増大する過程で不可欠ですが、抗がん剤をがん細胞へ届けるためのパイプラインでもあります。我々は工学部の片岡教授との共同研究で、TGF-β 阻害剤を用いることで「ナノ粒子抗がん剤(ナノ DDS)」をがんの組織に蓄積させ、難治性の固形がんを治療する方法の開発を目指しています。
TGF-β/BMP以外の研究
リンパ管
リンパ管は血管から漏れた体液をくみ出すことで我々の体の恒常性を維持しており、リンパ管の異常はリンパ浮腫を引き起こします。またリンパ管はがんのリンパ節転移の主要経路です。我々はリンパ管の形成を調節する因子を解明し、浮腫やがん転移の治療法の開発を試みています。
マイクロ RNA(microRNA)
マイクロ RNA は、遺伝子の発現を精密に制御することで、多様な生命機能を制御する小さな RNA です。マイクロ RNA システムの異常は、がんなどのさまざまな疾患に関与するため、我々はマイクロ RNA の機能とこれを調節する機構を解明し、さまざまな疾患の原因の解明や新しい治療法の開発を試みています。